a stroll









暗い夜道を二人で歩いている。
空にかかる丸い月の光に僕らの姿ははっきりと映し出されたり、木々の枝越しに茫と見えたり、あるいは闇に溶け込んだり。
やけに澄んで冷たい光は、ジープの助手席で眠っているだろう苛烈な人を思いおこさせる。
今夜の野宿は予定通り。早い夕食の後は食後の団欒とばかりに悟浄と悟空がじゃれあって、僕がそこに茶々を入れて盛大に盛り上げて、我慢の限界に達した三蔵が鮮やかなハリセン捌きを披露したらオヤスミナサイ。
そんな、よくある夜だったのに。
薄い雲間越しに降り注ぐ光の明るさが妙に気になって眠れないでいた僕に、後ろから抱きしめるように腕を回して囁いたのは紅い男。
「ちょっと歩かねぇ?」
お気の毒に。本当に誘いたかったのは、僕じゃないのだろうに。
こんな場所でも驚く程寝つきがいい、整った横顔を見せて眠る助手席の人に目をやって、少し可笑しく思いながらも僕は小さく囁き返した。
「いいですね。行きましょう」





闇がだんだん深くなる。隣の男の髪も瞳も、その色が闇に溶けてしまっている。
煙草の小さな灯りが、薄墨色の中ゆらゆら揺れている。
「いい月ですね」
時々木の葉の切れ間から黄金が覗いた時には、見上げるふりで隣をうかがう。
「そうかァ?」
無関心なその言葉とは裏腹に、闇を切り取った光は、月を見上げては大切なものを見るようにその目を細めている悟浄の横顔を浮かびあがらせる。
それから、また僕たちは歩き続ける。ただ当て所なく時をつぶすように。



「誕生日だろ、今日」
いきなり告げられて驚いた。
「そうでしたっけ?」
そんなこと、すっかり忘れていた。というのは嘘だけど。
この人が覚えていてくれたことに驚いたのだ。
「オメデト」
「ありがとうございます」
「今夜が野宿じゃなかったらなぁ」
日本酒の美味い小料理屋とか洒落たバーで乾杯、なんてぇのもできたのにな。
さも残念そうに悟浄は肩を竦めた。
そんな風に優しいから僕が離れられないのだと、この人はわかっているのだろうか。
「何か欲しいモノ、ある?」
そんなの決まっている。いつでも、僕が欲しいものはただ一つだ。
「欲しいモノというわけでは、ないんですけど…」
躊躇ったのは、一瞬。
辛うじて冗談めかすことができたけれど、その言葉はまるで生き物のように勝手に口から飛び出した。
「このまま、逃げちゃいましょうか」
三蔵も悟空もジープも置き去りにして。
大切な仲間の信頼も友情も裏切って、あなただけを連れて。
「逃げましょう」
自分の胸に食い込ませるように、もう一度その言葉を口にした。
「お、いいねぇ。愛のトウヒコウってやつ?」
困った顔ぐらい見せればいいのに、”ソレにしよう”と悟浄はやけに嬉しそうに笑った。




それから二人の足取りは、ぐんと軽くなった。月の光の下を、半ば駆けるように進んでゆく。
何かに追われるように。もしくは身を隠す場所を探すように。
「で、どこまで行く?」
「そうですね…」
どこでもいい。
この人と一緒にいられるなら。二人きりで過ごせるなら。
でも、できることなら―。
「あの家、まで」
二人で過ごしたあの家へ。
味も素っ気も無い外観の、でもなかなかの思い出がつまったあの家。
あなたへの執着も。あなたのあの人への想いも、あの人の僕への気持ちも知らなかった。
いや。
知らないふりをしていられた、あの頃へ。


口に出したら、胸の中で何かが音を立てた。
「悟浄!」
立ち止まり、衝動的に腕を掴む。
「何?」
こちらを見返す悟浄の髪に、金の光が降り注ぐ。胸を切り裂く程に鋭く美しい、光が。
「こっちへ!」
すぐ脇の暗がりに引きずり込むと、どんどん奥へと進んでゆく。
足元に絡まる下草や顔に当たる低い木の枝を、力任せに振り払う。
さっきまでより深い闇に目が慣れなくて、何も見えない。大好きな髪も瞳も。その表情も。
それでも少しでも奥へ。なるべく暗い方へ。
あの光が届かない場所へ。


木の幹に押し付けて抱きしめた。上着の下の薄いシャツ越しに感じる熱と鼓動に、胸が締め付けられる。
闇の中で、まるで僅かに残った僕の良心のような微かな煙草の灯りが足元に落ちて、大きな靴の下に消えた。
それから。
抱き返してくれる温かい腕。髪を撫でる優しい掌。
こんな僕の身勝手も、悟浄は厭わない。
いつも。どんな時も。水のように受け止めて、ただ流されてくれる。
きっとこのまま奪ってしまっても、大して嫌がることなく応えてくれると知っている。わかっている。
でも。
これ以上求めたら、壊れてしまうのだ。
僕らが滑稽なほど必死に守っている、薄いベールに包まれた、脆く柔らかな温かいものが。
そして僕らもきっと、壊れてゆく。


「やっぱり今夜は、トウヒコウはやめておきます」
「じゃあ、プレゼントはどーすンの?」
全てわかっていたような声で、悟浄が囁いた。
僕なんかより僕のことをちゃんとわかっているのが、癪に障るけれど。
「キスして、ください」
了解と呟いて、絡めた腕の力を強くして。それから僕らは、友達同士のキスをした。






月明かりの下を、そぞろに歩いている。
繋いでいる、掌だけが温かくて。
白々と照らされて帰路を示す道はやけに明るくて、さっきまでは知らぬうちに暗い場所を選んで歩いていたのだと気づかされる。
見上げると薄い雲はどこかに消えていた。ただ丸い黄金だけが、怖いほど静かにこちらを見ている。
こんなに月が綺麗では、逃れることなどできはしなかった。
この人を隠すことなんて、できるはずがなかった。
そっと隣に目をやると、紅い瞳が真っ直ぐに中空を見つめている。
あの人の前でも、こんな、憂いを解いた少年のような顔を見せるんだろうか。


「トウヒコウ、バレたかな?」
「ええ、多分」
きっと三蔵は目を覚まして、僕らの帰りを待っているだろう。
月を見上げて、腕を組んで、灰皿をいっぱいにして。
不機嫌そうなその顔を思い浮かべて笑いあうと、光の帯の上、僕らは足を早めた。






end





八戒さま、誕生日おめでとう。
といいつつ、あまりおめでたくない話でごめんなさい。

以前書いた全員片思い話の、その後の話というか、その前の話というか。
相変わらすの3人は、ぐるぐるしながら三竦みです。
誰かが壊してやらないと、多分どこまで行ってもこんな感じなのでしょう。


(2009.9.21)




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