その手のぬくもりが連れていってくれる。
置き去りにしてきたあの時間へ。




「寒いんです」
少し目を細めて、八戒が三蔵を見つめた。
口許には淡い笑み。
柔らかなまなざしを受けて、三蔵は微かに胸がざわめくのを感じる。
「昨日の町で、随分と使い捨てカイロを買い込んでたじゃねえか」
少し乱暴に言うと、照れ隠しのように煙草を取り出してくわえた。
「そうなんですよ。近ごろ朝晩冷えるし、そろそろ買っておこうかなぁと思いまして」
「そいつを使え」
「まだ早すぎますよ。あれは腰に貼ると、気持ちいいんですよねぇ」
「じじぃか…お前は」
八戒はふわりと微笑みを返した。

弱い日差しが降りそそぐ林の中の小径を、肩と肩が触れ合う距離で並んで歩く。
足下は秋という季節の終わりを告げる枯れ葉で覆われていて、踏みしめるとかさかさと乾いた音をたてた。



「少し歩きませんか?」
八戒が三蔵に声をかけたのは、林の中での昼食が済んだ頃だった。
そんな事は初めてのことで、三蔵は少し驚いて八戒を見返した。
何か話しがあるのだろうか…そう思いながら、たき火の傍らから立ち上がる。

「あ、俺も行く!」
「お邪魔虫は、ひっこんでな!」
無邪気に立ち上がろうとした悟空は、すかさず悟浄に襟首を掴まれて引き戻された。
「なんだよ!」
「ガキはこれだから…」
などと騒々しいいつもの喧嘩が始まる。
「そろそろ、さっき入れたお芋が焼ける頃ですよ。焦げないうちに火から出してくださいね、悟空」
「わかった!」
さりげなく八戒が止めに入ると、悟空は嬉しそうに笑った。
「手回しいいねぇ」
悟浄がぼそりと呟くと、八戒は少し含みのある笑顔を見せた。
「火の面倒、お願いしますね。悟浄」



「寒いんです、三蔵」
もう一度八戒が、然程寒くもなさそうに話しかける。
「寒けりゃ、火の傍に戻ればいいじゃねーか」
「たき火では暖かすぎるんですよ」
わけがわからないという顔で三蔵が見ると、八戒は足を止め嬉しそうに微笑んだ。
すっとしなやかな右手を差し出す。
「手を繋ぎましょう」


この手が多くの血で染まったのはいつのことだったろうか。
もう消えることなどないと思う程、何度も血に染まり罪を重ねた手。
それでもその血は洗い流され、差し出された。
愛する人へと。


「暖めて下さい」

三蔵は少し視線を外しながら、その白い指先を捕らえた。
八戒には気付かれているのだろう。
眼を合わさないのは、照れているからだ、と。
「…本当に冷たいんだな」
「冗談だと思いました?」
ふふっと嬉しそうに笑うと、八戒は優しく三蔵を見つめる。
「あなたは暖かいんですね」

三蔵の指が八戒の手を包みこむと、八戒も握り返してくる。
そのまま穏やかに八戒の手を引き、ゆっくりと歩きだした。
足下では、また枯れ葉が音をたてる。

幾つかの夜を共に過ごしたことはあったけれど、こうして日差しの中、二人ただ手をつないで歩くことは初めてかもしれない。
ゆるやかに結ばれた指から伝わる温度と木々の匂いが、三蔵を懐かしい記憶へと連れていく。

遠い日、あの人を父の様に錯覚する程にまだ自分が幼かった頃、無邪気に甘えて、こんな風に手を繋いで歩いたことがあったかもしれない。
それは遠い過去のことで、幼い記憶の波に沈んでいるけれど。
いつも優しげに微笑みを返してくれる瞳と穏やかな口調と。
それは不思議と、今隣に並ぶ人と重なった。


「さんぞう」
微かに呟く声にゆっくりとその顔を見れば、夢から醒めたばかりのような朧ろげな光を湛えた碧の瞳。
彼もまた、戻らぬ日亡くしてしまった女と手を繋ぐ幻をみたのだろうか?

その時。
はっきりと三蔵の視線を捉えて浮かんだ鮮やかな微笑みに、目を奪われた。
ひらひらと一枚の枯れ葉が、繋がった指先を掠めて落ちていく。
いつのまにか八戒の手は暖かくなっていた。



ほら、あなたの温もりが、僕にはちょうどいい温度。
あなたにはどうですか?さんぞう。





end



38は、とても控えめなイメージです。
二人とも人前でべたべたするのは苦手そう。(特に三蔵が)
ならば繋がせてみよう!と思いたち、書いてみたものです。
個人的に”照れる三蔵”はとてもツボでして、なんとかして困らせてみたくなる,かわいい人です。

三蔵の恋心のベースには、光明がいるのではないかと思うのです。
彼が八戒に惹かれる大きな理由は、八戒の持つ優しさや穏やかさが、光明に愛されて育った記憶と重なるからなのではないでしょうか。

メマガで配信したものとタイトルが変わっています。

(2008.06.16)




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