ビタースィート       
                                                                 








「お邪魔しますね」


軽いノックの後に部屋のドアが開いて、八戒が現れた。
腕に小さな箱を三つ抱えている。

「よろしかったら、どうぞ」
微笑みながら三蔵と悟空に、きれいに包んだ小箱を一つずつ差し出した。



「これ、何だ?」
「今日はバレンタインですから…」
首を傾げる悟空に、八戒はきれいな碧の瞳を柔らかく細めた。


そういえば夕食後、八戒は宿の厨房を借りて何やら作っている様子だった。
時折八戒は、立ち寄った宿で厨房を借りて料理をする。
以前悟空がどうしてそんなことをするのかと尋ねたら、時々無性に料理がしたくなるんですよ、と言っていた。いいストレス発散になるのだとも。
どんなストレスなのかは怖いから聞けなかったけれど、殺伐とした旅の間も八戒の手料理が食べれるなんて、嬉しいことこの上ない。
しかも今日は、チョコレートだ。



「やったぁ!八戒のチョコ、美味いんだよなぁ」
悟空は満面の笑みで受け取った。


「ふん、くだらねぇ…どうせ義理だろうが」
今さらなことを口にしながら不機嫌を装う三蔵の横顔に、悟空はちらっと目をやった。
義理じゃなければいいのに、と聞こえる。

「義理チョコじゃなくて、友チョコですよ。日頃の感謝の気持ちです」
八戒は悪びれることなく微笑みながら三蔵に包みを差し出したが、ふとその動きを止めた。
「もし苦手でしたら、三蔵の分も悟空に渡しますけど…」
三蔵はしかめっ面をしながらも、素早く受け取った。


「ありがとう!今から食ってもいい?」
「ちゃんと歯みがき、してくださいね」

八戒はにっこり笑うと、残りの一箱を抱えながら部屋から出て行った。






少しの間八戒が消えたドアを見つめていた悟空は、三蔵に向かって掌を差し出した。

「いらねーんなら、ちょうだい」
「そんなことは言ってねぇだろ」

差し出された掌を三蔵が横目で睨みつけて、パシンと払い落とした。


手の中の包みを開いてみると、小さな丸いチョコレートがきれいに並んでいる。

そういえば八戒は、とてもいいにおいがしていた。
多分本人は気づいていないけど、腕や頬や耳元に、少しチョコがついていた。
きっと作るのに夢中になっていたんだろう。
大事そうに抱き締められた箱の中のチョコのように、八戒にくっついたあのチョコも、アイツは食べてしまうのだろうか。
なんだかとても羨ましい。




「十年早ぇぞ」
悟空の思いを見透かしたように、三蔵が呟いた。


「…うん」

そんなこと、わかってる。
甘い香りに誘われてこっそり厨房を覗いた悟空は、見てしまったから。

小さくハミングしながら溶けたチョコの入ったボールをかき回す八戒の顔は、とてもとても幸せそうだった。
悲しみも後悔も絶望も、まるで知らないみたいに。

あんな顔をさせられるのは、アイツだけだから。
今は八戒の幸せが詰まっている、このチョコだけで充分だ。



悟空は一粒つまむと、そっと口の中に入れてみた。
ゆっくり溶けていくチョコレートは、甘くて少し苦かった。







end




悟空の参戦も間近でしょうか。

(2009.2.13)




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