11月29日






“おや”
ドアを開けると、部屋の中は薄暗かった。
シングルのベッド1つと床に布団を3枚敷きつめた小さな部屋は、灯りが落とされ、三人は既に床に入って寝息をたてている。
数日間野宿を続け、あと少しで街に着くというところで妖怪の襲撃を受けたのは今日の夕方のことだった。
かなりの数の敵に苦戦してなんとか倒したものの、さすがに疲れ果てたのだろう。
宿を決めた後、夕飯を取りながら、三蔵は今にも眠りこみそうな様子だった。
体力自慢の悟空と悟浄もあくびを連発していた。
早々に眠ってしまうのも無理はない。

疲れているのは僕も同じだが、明日の出発までにあれやこれやと片付けなければならない用事があった。
宿との交渉や洗濯を済ませて部屋に戻ると、もう日付が変わるような時間だった。
そっとドアを閉めて、寝転がる悟空を踏まないように歩を進める。
視力がよくないので、薄暗い中を動きまわるのはあまり得意ではない。
“あれ?”
足元に目を凝らして、思わず声をあげてしまった。
いつも当然のようにベッドに陣取る三蔵が、布団で眠っている。
めずらしいこともあるものだ。
ということは、今夜は悟浄がベッドをせしめたということか。
僕がいない間に、カード勝負でもしたのだろうか。

音を立てないように壁際の布団に横になると、体中の力が抜けていくようで思わずため息をついた。
暖かい布団で休むのは、何日ぶりだろう。
明日は買い出しをして、早々に出発する予定だ。
夕方までに次の街に着けるといいが、予定なんて当てにならないから、また野宿になるかもしれない。
西に進むにつれて、旅は徐々に過酷になっている。
それでも辛いと感じないのは、共に過ごす仲間がいるからだ。
何より、この人のためだから――

僕は三蔵の方に向かって、そっと寝返りをうった。
常夜灯の小さな明かりの下でも、光を放つ金の髪。伏せられた長いまつげ。
触れたいと思うけれど、気配に敏感な人だから起こしてしまうかもしれない。
疲れてぐっすり眠っているのだから、邪魔はしたくない。
それでも、髪に触れるくらいなら構わないだろうか。
そう思ってそっと指を伸ばしてみたが、触れる直前で留まった。
触れたらきっと、もっと欲しくなる。
髪に触れるだけじゃ足りなくて、その頬に、唇に、触れたくなる。
大切な使命を果たすために厳しい旅を続けるこの人を、煩わせるようなことはしたくない。
ああ、でも――

“触らねえのか?”
“!”
気づくと、三蔵が目を開けていた。
はっきりは見えないが、その顔は笑っているようだ。
“まどろっこしいやつだな”
笑いを含んだ声で囁く。
“起こしてしまいましたか”
“いや、一寝入りして目が覚めた”
そう言いながら、三蔵はためらうことなく僕の髪に触れた。
優しく髪をなでられる度に、たまっていた疲れが消えていくように感じる。
僕は幸せな気持ちで、朝になったら伝えようと思っていた言葉を口にした。
“お誕生日おめでとうございます”
“あ?”
“もう日付が変わりました。今日はあなたの誕生日ですよ”
“そうだったか?”
“はい。明日予定通りに次の街に着けたら、宿の調理場をお借りしてあなたの好きなものを作りますね。何か食べたいものはありますか?”
“そんなものより、今、お前が欲しい”
“な、何を言ってるんですか!”
“誕生日なんだからいいだろうが”
“ダメです!2人が起きてしまいますよ!”
“構わねえ”
“構います!”
“どうしてもか?”
“いたしません!”
“チッ”

切羽詰まったような囁きを交わしながらも、三蔵の手は変わらずに優しく僕の髪をなでている。
どうやら本気ではないようでホッとする。
この人を求める気持ちは僕も同じだけれど、こんな場所でする趣味はない。
“仕方ねえ、今夜はこれで我慢してやる”
そう言うと、三蔵は僕の両手を握りしめて目を閉じた。
離れないように、僕もしっかりと握り返す。
このまま眠ってしまったら、朝になって悟浄と悟空に笑われるかもしれないけれど、まあ、いいか。
三蔵は安心した子供のように、すぐに寝息を立て始めた。
伝わる熱に愛しさがこみ上げて、少し泣きたくなる。
僕は慌てて目を閉じて、おやすみなさいと呟いた。







end





(2017.12.1〜2018.3.7 拍手ss)




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