満月
部屋に戻ってまず軋む窓を大きく開け放った。
外の空気は冷たく澄みわたり、空には大きく丸い月が輝いている。
あぁ、今夜は1年で最も月が美しく見える夜でしたっけ。
後から入ってきた悟浄が窓辺に立つ僕の隣に並び、興味なさそうに空を見上げた。
「きれいな月ですね。あの人みたいですよ」
「誰よ?」
余裕かまして煙草を咥えるから、むしり取って床に投げ捨ててやった。
「煙草ぐらい吸わせろよ」
「そんな余裕ないんです」
そう言いながら、もう僕は悟浄の両手を取って自分の腰に持っていっていた。
悟浄は片方の眉だけを上げて器用に笑うと強く僕の腰をひきよせる。
あなただって余裕なんてないんでしょう?
昼間のあの人を見てから…
今日も僕らは西へと向かっていた。
荒い運転で揺れるジープの上、いつものように後ろの席では悟空と悟浄がスキンシップのような小競り合いを繰り返し、助手席では三蔵が不機嫌そうに腕を組む。
僕は適当に皆につっこみを入れながら、運転を続けていた。
いつものように敵の刺客が何人か現れて、いつものようにあっさりと倒したはずだったのだが、三蔵だけがいつもと違っていた。
おそらく悟浄の錫杖に切り裂かれた敵の返り血を浴びたのだろう。
真っ白い法衣が血に染まり、その白い頬も手も真っ赤に染まっていた。
一瞬、三蔵がやられたのかと思い僕たちが固まる中、あの人はいつものように懐から煙草を出すと、眉間のしわを深くして火をつけた。
「汚れちまった」
吐き捨てるように呟いて横を向く。
血塗れのその姿が三年前の自分と重なって、僕は息もつけずに三蔵を見つめていた。
そして、見てしまったのだ。
三蔵が何かを懐かしむように目を細める姿を。
まるで遠い過去に見た血塗られた残像を慈しむように、僅かに口許を引き上げる様を。
その途端、僕の体を強烈な刺激が走り抜けた。
今、すぐにでも、この場所で。
その血に染まった手で引きずり倒されたい。
その指で体中触れて、血の匂いの残る体で貫いて―
もちろんそんなことは口にできるはずもなく。
「あーぁ、そんなに汚してしまっては、落ちるかどうかわかりませんよ。血液って落ちにくいんですよねぇ」
なんてくだらないことを言って誤魔化した。
チラッと悟浄を見ると、彼もまた僕と同じものをその紅の瞳に宿していた。
わかりますよ。
あなた、三蔵に欲情していたでしょう。
まぁ僕のことも、お見通しなんでしょうけど。
そういう訳で、その後僕は言葉少なにジープを飛ばし、この町へと到着した。
いつものような安宿に部屋をとる。
いつものように悟浄と相部屋で。
三蔵の法衣を洗い、買い出しをして、夕食をとって。
その間、ずっと僕は焦っていた。
早く。
一刻も早く抱かれなくては、どうにかなってしまいそうだった。
互いに貪るように口づけをかわす。
開け放った窓の外はとても静かで、僕たちのたてる濡れた舌の音が響くようだった。
「窓、閉めねぇの?」
「閉めたら月が見えないじゃないですか」
「寒くね?」
僕らは性急にお互いのシャツを脱がせ合った。焦ってボタンが上手く外せない。
「熱いですよ…熱くて、死にそうです」
下着ごとズボンを蹴落とすと、縺れる様にベッドに沈んだ。
安物のベッドが抗議をするように悲鳴をあげる。
「あ…」
僕自身を触られて思わず声がでた。悟浄が可笑しそうに笑う。
「聞こえるぜ、隣」
「今更、でしょう」
隣の部屋には三蔵がいるはずだ。
窓を開けていたら、僕たちの声は筒抜けかもしれない。
窓の外は青白い月の光に照らされて、灯りを消したこの部屋の中よりも明るかった。
その光はしかし暖かいものではなく、冴えた、見る者を突き放すような孤高の冷たさで辺りに降りそそいでいる。
まるであの人のようだ…
僕は悟浄の愛撫に反応しながらも、愛しい人のことを想った。
その澄んだ光に、どうしようもなく惹きつけられる。
けれど長い間見つめていられない。近づけない。
もっと近くでその光を感じたいと願っているのに…
その光はあまりに美しくて。鋭くて。
僕の中身は、自ら抉った右目の痕のようにからっぽだから。
暗い闇を抱えて生きていく僕には、あの人の持つ光が、その視線さえもが痛いのだ。
それでもどうしようもなくあの人に惹かれてしまう僕は、誘蛾灯に引き寄せられ、触れたとたん焼け死んでしまう蛾みたいだった。
悟浄もまた三蔵に想いを寄せていると気づいたのは、いつだったろう。
それまでもこの友人と傷を嘗め合うような関係はあったのだけれど、その事実を知ってから、僕はそれまで以上に悟浄を求めた。
だって、たまらない。
いつも恋敵が傍にいて、あの人を狙っている。
今悟浄と繋がっているこの瞬間だけは、悟浄も三蔵に手は出せないでしょう?
まぁそれは僕も同じなんですけどね。
三蔵を抱きたい悟浄と三蔵に抱かれたい僕。
二人とも触れてはいけないものに惹かれ、その気持ちをどうしようもなくて、ぐるぐる廻りながら墜ちていくんだ。
こうやって互いの腕で互いを押さえつけながら。
悟浄が僕の中に入ってくる感覚で、とりとめの無い想いから引き上げられた。
痛みと快感に思わず上がる声、熱い吐息。
悟浄の長い髪が頬にかかる感触に目を開けると、快感に潤んだ紅い瞳が僕を見つめていた。
「あっ…あぁ」
とたんに体を突き抜ける刺激に、僕はきつく彼自身を締めつける。
悟浄は切なそうに眉をひそめた。
あぁ、こういう顔の悟浄は最高に色っぽくて、大好きだ。
あの人を想っているんでしょう?
でもいいですか。
僕の中に入ってる時に“三蔵…”なんて言ったら、ぶっとばしますよ。
最低限の礼儀でしょう?まぁこんな関係に、礼儀も何もあったもんじゃないですけどね。
だって二人してあの人の名前呼びながらイッたら、滑稽でしょう。
その後いったいどんな顔すればいいんですか。
冷たい銃口のような満月が僕らを見下ろしていた。
「オマエラ、一遍死ンデコイ」と。
end
8→3←5という表記でいいのかどうかわからないのですが、三人の関係の第一印象はコレでした(汗)
悟空はいわずもがな、悟浄も八戒も、三蔵のことが大好きに違いない、と思うのです。
そういう意味でも。
この場合、三蔵は孤高な感じで、誰にもなびかず振り向かず。
最遊記、というか、人生初書きでした。
(2008.06.16)